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「その道で食えるかどうかは才能。なければ別の道に進めばいい」 – 六平直政 2011.01.12



六平直政

“怪優”として数々の作品に出演する六平さん
取材中も、怒ったかと思えば次の瞬間には大声で笑い出す
自分に関わる人たちを楽しませたいという優しさがにじみ出ているのだ

取材・文/高橋 満 撮影/尾形和美

周囲にあるのはいつも笑顔
さりげない気配りを怠らない

 六平さんとの待ち合わせは建設中の東京スカイツリーのそばにある劇場。舞台『ジャンヌ・ダルク』(演出/白井晃)の稽古中のことだった。  撮影中のカメラマンには「俺にレフ板なんか当てたら頭が光ってスカイツリーが写らないぞ」とおどけてみせ、「ロッペイちゃん、おはよう!」と声をかけてくる共演者やスタッフには「今、取材中なんだ! じゃまだから早く行け!」と怒鳴る。しかし六平さんが大声を張り上げたあとには必ず笑いが起こる。そして、みんなが六平さんを好きになる。見た目は怖いが、いつでも周囲に気を配り、場を和ませてくれる人だ。

「こう見えて、俺は神経質で気を遣うタイプでね。だから髪の毛がなくなったんだ(笑)。人間ってのはね、イルカと同じように電波を発信し、それを受信してコミュニケーションをとっているんだよ。黙っていても“場の空気”を読む。もし俺がツンツンしていたら相手も構えちゃうだろう。でもこっちが固くならずにバカなことをやっていれば、向こうも緊張せずにすむ。空気が良くなるんだよな。俺がいる現場では若い女優も俺の下ネタに大喜びしているよ(笑)」

 こんな話のあいだにもウェイトレスをからかい、お店の中で笑いをとっている。からかわれた本人を含め、誰も嫌な思いをしていない。

「ごめんごめん、休息の話だったな。俺は休息にはこだわりを持っているよ。それは“何があっても仕事を持ちこまない”。稽古前でも絶対に台本を開かないね。勉強とか稽古が大嫌いなんだよ。もちろん演出家の前ではこんなこと言わないよ。真面目な人が多いからさ(笑)」

人を尊敬する気持ちには
立場も年齢も関係ない

「オフはたいてい7時半ごろに起きてテレビの星占いコーナーをふたつほどチェックする。俺はおひつじ座だからはじめに出てきて、そのあとに子どもたちの星座を見るんだよ」

 六平さんと占い……ギャップに驚いていたら「別に信じちゃいないよ。でもさ、つい見ちゃう。楽しいんだな」とまた笑わせるのだ。ほかにも“必要ならすべてを投げ出してでも休息の時間を作る”ことにもこだわっている。10月に行われたサッカーU-19アジア選手権にキャプテンとして出場した息子さん(六平光成選手)を応援するために、すべての仕事を断り中国まで行ったそうだ。

「俺は息子としてではなく、ひとりの男として彼を尊敬しているからね。19歳のとき、自分はもちろん周りにも国の代表になるやつなんかいなかっただろう。心からすごいと思える人を尊敬し、応援するのは当たり前のことだよ。そこに年齢は関係ないもんね!」

六平直政

目指したのは舞台美術の世界
しかし気づくと芝居の道に

「休日のうち、月に一度はお袋の墓に足を運ぶね。これは俺が設計して石工職人に作ってもらったんだ。“六平家”という文字はお袋が生前に書いたものを使ってね。ステンレスの部分は俺が作った。自分で言うのもなんだけど、すごくいい墓だよ」

 六平さんには、俳優以外にも金属彫刻家としての顔がある。世界的な金属彫刻家である篠田守男さんに師事し、現在でも二人展を開催するなど精力的に作品を発表しているのだ。

「子どものころから絵を描くのが好きでね。絵画教室に通ったりもしていた。当時の絵が残っているけれど、なかなかすごいものを描いていたよ。高校は進学校に行ったのでしばらく絵から離れたんだけれど、大学進学の際『俺が本当にやりたいことは何だ?』と自問したら、絵を含めた“ものづくり”という結論に達して、受験先を東大の文Ⅲから美大に切り替えたんだよ。そして大学で篠田先生に出会い、彫刻にのめり込んだね。金属だけでなく、木彫や石彫、何でもやってみたよ」

 篠田さんの作品作りをしていたときに、唐十郎氏が主宰する状況劇場の募集広告を見つけた。「舞台美術っていうのも面白そうだな」と考えていたら、「ロッペイ君は役者のほうが向いているよ」と言われたそうだ。

「でもさ、いきなりできるわけないよね。周りはどこかの劇団でやってきた人ばかりだし。でも根津(甚八)さんや小林(薫)さんを入れても16人しかいない。少人数なのよ。必然的に俺も舞台に立つようになってね。必死に勉強をしたよ」

 もちろん本来の目的である舞台美術の仕事もある。金守珍さんと立ち上げた新宿梁山泊では8tもの鉄を使ったセットを作ったこともあるそうだ。とはいえ劇団をやっているだけでは食べていくことができない。困り果てた六平さんに声をかけてくれたのが、俳優の柄本明さんだった。

大切なのは“自己表現”
芝居も彫刻もそのための手段

SQUEEZE 1
六平さんが作る金属彫刻作品にはすべて“SQUEEZE(スクイーズ)”というタイトルがつけられている。すべてのものは3つの“点”で締めつけることで空間の中に留めることができるという発想だ。

SQUEEZE 2
「きっと俺は“自分の息がかかったもの”が好きなんだろうね。人付き合いもむやみに広げることはないけど、かなり濃いから」

「柄本さんが所属していた劇団東京乾電池の事務所に入れてくれてね。それでようやく食えるようになったのよ。柄本さんが誘ってくれなかったら、役者を辞めていたかもしれない。何か恩返しをしたいと思って、オブジェなどの作品をプレゼントしたり、家の建築のお世話をして、すごく喜んでもらったよ」

 もし俳優を辞めていたら、やっぱり彫刻家になっていただろう。おそらく大学の准教授になり、今のノリのまま学生たちと話をする。

「女子大生とも仲良くなっていたのか。そっちのほうが楽しかったかもな(笑)」

 話を聞いていて感じたのは、六平さんにとって“芝居”も“彫刻”も手段でしかないということだ。根底にあるのはものづくりを通して自分をいかに表現していくかということだろう。だからどちらも手を抜かない。彫刻製作に突入したら1ヵ月以上も寝食を忘れ作業することもあった。

「なぜ手を抜かないかというと、やり直すのが嫌だから。表現っていうのはさ、自分が納得できなきゃ意味がないでしょう。ここぞというときの集中力には自信があるよ。ただね、今は彫刻家のほうはプロとは言えなくなったかもしれない。役者のほうがあまりにも忙しくて、彫刻に集中する時間が取れなくてね。でもそれはそれ。役者の息抜きとしてでも、続けていられるのが嬉しいんだ」

集中力を維持するために
気持ちの切り替えを徹底する

 何かをやるときは人並み外れた集中力でその世界に没頭する。だからこそ休息には一切の仕事を持ちこまないことを徹底している。自身が出演している舞台や映画以外を観ることもほとんどないそうだ。数人の“天才”と呼ばれる人以外の演技を観ても勉強にはならない。俺はただ、自分が正しいと思う道を進むだけ――。

「『いつかシナリオライターになりたい』『俺はカメラマンになりたい』と夢を語るやつがいるだろう。腹が立つね。そんなことを言う時間があるなら、とっととやればいいんだよ。口だけじゃいつまでたっても前に進むことができないのに。気づいているやつはすぐにはじめているよ。そしてその道で食えるようになるかは才能があるかどうか。なければ別の道に進めばいいんだよ」

 六平さん自身も才能がないと感じたものを深追いすることはしないという。写真に興味を持ち撮影やプリントの勉強をしたこともあるが、そのカメラも今では棚の奥で埃をかぶっている。

「続かなかったということは、俺はやっぱり写真家じゃないんだよ。博才も商才もないからな。あれば起業もしてみたいけどね(笑)。商売をやるなら絶対に嘘はつかないほうがいいよ。嘘をついているとお客は逃げるし借金だけがたまるから。まずは身の丈からはじめるべきだよ」

六平流 休息のこだわり

六平直政

六平直政

タレント・俳優

1954年4月10日生まれ。武蔵野美術大学彫刻科大学院中退。唐十郎主宰の状況劇場を経て、87年には新宿梁山泊の旗揚げに参加。以来、数多くの映画やドラマ、舞台に出演。