ワールドジョイントクラブ » コラム時事随想 » 『けいおん!!』の成功に象徴されるメディアミックスの恐るべき経済効果 – 土佐有明
日本のアニメーション産業が巨大なマーケットを形成し、海外でも熱狂的に受け入れられるようになって久しいが、その口火を切ったのは、現在新劇場版の公開が続いている『新世紀エヴァンゲリオン』だろう。美少女やメカの活躍といった人気アニメの必須要素を満たしながらも、世界の命運を背負う14歳のパイロットたちの“心の闇”に深く切り込むことで、作品は広範な支持を獲得した。そう、『エヴァ』は、繊細で病んだ少年少女の自意識を描いた“自分探し”の物語でもあった。
だが現在、その『エヴァ』とは対照的に、平凡な高校生の幸福で牧歌的な日常を描いたテレビアニメが、ちょっとした“現象”を巻き起こしている。昨年9月から深夜帯で放映がはじまり、今年9月に第二期が最終回を迎える『けいおん!!』がそれだ。タイトルどおり女子校の軽音楽部を舞台とするアニメだが、バンドの練習や演奏シーンはほとんど登場せず、放課後に紅茶を飲みながらくだらないおしゃべりに興じる女子たちの友情が作品の主軸を成している。ドラマティックな展開や登場人物の内面的葛藤はほぼ存在せず、部室での無邪気で他愛のない戯れが延々と繰り返される。無論、その戯れの繰り返しは、やがて来る卒業によって断ち切られる運命であるがゆえに、刹那的な輝きを放っているのだが。
さて、“現象”を巻き起こしている、といっても実感が湧かないかもしれないが、例えば、第一期全7巻のブルーレイ/DVDは合わせて累計50万枚を突破、関連グッズは総計18億円を売り上げた。作中でキャラクターが使用したヘッドフォンや文房具も売れに売れ、ファミリーレストランとのコラボ企画も実現するなど、その経済効果は計り知れない。メディアの注目度も高く、『Cut』のようなカルチャー誌、『DIME』のような情報誌でも同アニメのキャラクターが表紙を飾り、朝日新聞でも人気の過熱ぶりが伝えられた。
こうした“現象”の最たるものが、第一期、第二期合わせて180万枚を超えるCDの爆発的な売れゆきで、主題歌や劇中歌は軒並みオリコンチャートの上位を独占している。楽曲のクオリティの高さも圧倒的で、とくにオリコン週間ランキングで2位を獲得した“Utauyo!! MIRACLE”を初めて聴いたときはかなり驚いた、というか、正直、呆気に取られ言葉を失ってしまった。
アニメに興味がないという人も、騙されたと思ってこの曲だけは聴いてみてほしい。スラッシュ・メタル風の過激なギター・リフ、変則的でつんのめるような高速のビートは、グラインド・コアやマス・ロックといったエッジーな洋楽の要素を的確に抽出しており、音楽ライターを生業としている筆者のようなリスナーをも唸らせるものだ。しかも、普通こうしたヘヴィな楽曲に乗るのはコワモテの男性による野太いシャウトだったりするのだが、『けいおん!!』では、愛らしい声色の声優がヴォーカルをとるため、文字どおり世界的にも類を見ない奇妙な化学反応が起きている。メロディに対する歌詞の乗せ方も相当にいびつでよじれており、どう考えてもカラオケで歌えるようなシロモノではない。こんな異物感に満ちた曲がオリコン2位を獲得したというのは、もはやひとつの“事件”と言うべきだろう。
作中でキャラクターが使用したモデルの楽器は飛躍的に売上を伸ばし、『けいおん!!』のバンドスコアを買っていく中高生も多いという。同アニメをきっかけにバンドを組んだ、という若者も増えているようだ。実際、ニコニコ動画やユーチューブには、主題歌やキャラクターソングを思い思いにコピーした動画があふれかえっている。無論、アニソン専門誌が次々に創刊される現在、こうした流れはアニメ全般に当てはまることだが、魅力的なキャラクター造形を誇る『けいおん!!』には、登場人物に自己を同化させ、「自分もあんなふうに弾いてみたい」と思わせる力がある。それは、かつてバンド・ブームのころ、“ホコ天”や“イカ天”の熱気に魅せられて多くの若者が楽器を手にした光景にもダブって見えるのだった。