ワールドジョイントクラブ » 紳士・淑女の休息 » 人生ただ一度のスランプから救ってくれたプラモデル作り-石坂浩二(俳優)

大河ドラマで千宗易(千利休)を熱演している石坂浩二さん
多趣味で知られる石坂さんだが、なかでも模型作りは
みずから同好会を結成するほど熱を入れている
模型作りにこだわり続ける理由を聞いてみた
取材・文/高橋 満 撮影/桜井健雄 ヘアメイク/立身 恵
プラモデルを眺めながら歴史に思いを馳せる
取材スタッフが訪れたのは『テーブルウェア・フェスティバル2011』の会場である東京ドーム。石坂さんは会場内に“もてなしの食空間”を表現した作品を展示していた。
「私が提案したのはメインダイニングではなく、同じ趣味の仲間が集まってワイワイ語り合える空間です。かけがえのない時間を気持ちよく過ごすのは何よりも楽しいことですから」
絵画や料理など多趣味で知られる石坂さんだが、なかでも模型作りは日本プラモデル工業協同組合の特別顧問を務めるほど。製作歴はなんと60年近くにもなるという。
「60年と言っても、私が模型作りをはじめたころはまだプラモデルは高級品で、子どもが買えるものではありませんでした。当時はデパートのショーケースの中に1点ずつ陳列されていたくらいですから。その後、昭和33年に日本製のプラモデルが発売されましたが、まだまだ高かった。仕方なく自分で木を削っていましたよ。幸い第二次世界大戦の資料は豊富にあったので、それを見ながら飛行機を作るんです。やがて私たちでも買える手ごろなものが発売されるようになると飛びつきました。木を削って飛行機を作る場合、脚(主脚)作りが大変なんですよ。多くのパーツがあってしかもタイヤが丸い。初めてプラモデルを手にしたときは脚を作らなくて済むことに感動しましたね」
石坂さんにとって模型作りの魅力は“写真と違いあらゆる角度から眺められる(それにより新たな美しさに気づくことも多い)”“あらゆる道具を駆使して作り上げる(エアブラシが登場したときは、それを使うためにプラモデルを作っていたほど)”など。しかし一番は模型を眺めながら、向こう側にある世界を見ることにあるという。
「多くの人は『飛行機は飛んでいる姿がもっとも美しい』と言います。でも私は、脚を出して止まっている姿も好きですね。飛行機はその時代の技術が結集していて、とくに軽量化は極めて重要な課題。その部分を妥協して設計されたものはみんな駄作機になっています。反対に技術者たちが知恵を絞り、隅々まで神経を尖らせて作ったものは、名機として長く使われました。名機は模型からも技術者の思いと苦労が見えてきますよ。あとは歴史。年齢を重ねると、自分が生まれたころとその少し前の歴史にすごく興味が出てきました。模型を作りながら『もしこの飛行機がなければ日本は戦争に踏み切ることができなかったのではないか』など、いろいろなことを考えていますよ」
戦闘機や戦車、スーパーカー、キャラクターモデル……。時代により流行のジャンルは変わったが、男なら誰もが子どものころに一度はプラモデル作りに没頭したことがあるはず。しかし大人になるにつれ、だんだんと離れてしまう人がほとんどだろう。石坂さんはなぜ60年も模型作りを続けてきたのか。そんな質問を投げかけるとしばらく考え込み、やがてこう答えてくれた。
「芝居をやる上では演じる人物を想像することと、作品の中に入り込んでいくことが大切なんですよ。例えば映画ではカメラの奥からたくさんのスタッフが見ています。そこが見えなくなると言うか、関係なくなるくらいがいい。模型作りはその感覚に似ているのかもしれないですね」
人生ただ一度のスランプから救ってくれたのが模型作り
どれくらい前かは忘れたが、石坂さんは長い役者人生のなかで一度だけスランプに陥ったことがあるそうだ。セリフは完ぺきに覚えている。でも演じながらどうしても気持ちが集中せず、結果的にセリフを間違えてしまう。先輩からは嫌味を言われ、スタッフからは怒鳴られるので、ますます委縮してしまうという悪循環……。
「先ほど芝居に入り込むことが大切と言いましたが、完ぺきに入りこんでしまうのもダメなんですよ。舞台では何かのトラブルで演出装置が動かなくなることもあります。このようなとき、周りが見えないくらい集中しすぎてしまうと事故につながってしまう。さらに入り込みすぎてしまうと自分の演技を俯瞰で見ることができません。つまり芝居中は“演じる自分”と“カメラ脇や客席の前あたりから見つめる自分”、ふたりの自分が存在していないといけないんですよ。スランプ時は、その距離が決まらなかったのでしょうね」
もうひとりの自分との距離感を掴むのは、何がきっかけになるかわからない。それは子どもがある日突然自転車に乗れるようになるのと似ているという。石坂さんはそのためにあらゆることに挑戦した。例えば弓道。射場に立ち、距離や体の震えを計算しながら的を狙う。さまざまな考えが頭をよぎるが、弓を射る最後の一瞬は、無心。しかし最終的には一瞬ではなく、瞑想に近い状態を保つことが一番しっくりくることに気づいた。余計なことを考えず、目の前のことに没頭する模型作りはまさにぴったりのものだったそうだ。
「仕事のストレスを発散するために何か趣味を持とうと考える人は多いと思いますが、たいてい仕事と真逆のことに挑戦しようとしますよね。趣味が長続きしない原因のひとつは、ここにあるんですよ。趣味は仕事となるべく近いほうがいい。なぜならストレスを抱えつつも、いまの仕事が好きだから長続きしているのですから。仕事に近い趣味ならストレスを発散させつつ長続きするはずですよ。私も劇団にいるころは自分たちで大道具を作ったりしていました。大きさの違いこそあれ、模型作りもそこにつながっているのでしょうね」
多くの人がもっと気軽に模型作りを楽しめるように

自分たちが作ったものを眺めながら気心知れた仲間と語り合う。石坂さんが大切にしている時間をかたちにしたのがこの作品だ。飾られている模型は、ろうがんずメンバーが製作

テーブルには四季折々の洋服を着た人形を配置し、一年中趣味を楽しみたいという思いを表現。ランチョンマットはチェッカーフラッグに

石坂さんが久しぶりに手がけたF1マシン。「昔はわりと簡単だったのに、いまは小さな部品がたくさんあるから大変でしたよ」

こちらは2010年5月に行われた『静岡ホビーショー合同展』に展示した作品。ジオラマの台座には額縁が使われている
現在、石坂さんは団塊世代を中心としたプラモデル同好会『ろうがんず』を結成し、ホビーショーなどに作品を出展している。今回お邪魔した会場に飾られていたのも、ろうがんずの作品。石坂さんはどれだけ忙しい時でも、一日一度は必ず作業場の机に座るようにしているそうだ。
「じつは昨日も展示の準備で、自宅に戻ったのは深夜1時を回っていたんですよ。そこから机に座っていました。今回はF1とオートバイを飾ったので、2ヵ月くらい大好きな飛行機を作れなくてね。ずっとうずうずしていたんです(笑)。もう10機以上作っているタミヤのメッサーシュミットにするか、それとも造形村から出た新作を手がけるか、箱を開けてしばらく悩んでいましたよ」
仕事で海外に行ったら、時間を見つけて必ず模型ショップに立ち寄る(タミヤの星マークが目立つのですぐに見つけられるそうだ)。そして帰国したら真っ先に馴染みのショップに顔を出す。
「技術の進歩もあり、現在のプラモデルはものすごく精密になっています。また作り手もそこを追い求めるので、模型雑誌の製作記などはある意味パターン化してしまっているんですよ。私より上の世代のファンにとって模型作りは大変。だからこそ私たちはそういうことをやめて、団塊世代や初心者でも気軽に模型作りを楽しめるようにしていこうというメッセージを発信しています。そして私から奥様方にお願いがあります。どうか模型作りを楽しむご主人を『(接着剤や塗料が)臭い』などと目の敵にしないでください(笑)。みんな一生懸命挑んでいるのですから」


石坂浩二
俳優
1941年6月20日、東京都生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。劇団四季を経て、数多くの映画、ドラマ、舞台に出演。代表作は『犬神家の一族』『ビルマの竪琴』『天と地と』ほか多数。現在はNHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』(NHK総合/毎週日曜20:00~)、『開運! なんでも鑑定団』(テレビ東京系/毎週火曜20:54~)に出演中。