ワールドジョイントクラブ » 紳士・淑女の休息 » 「私にとっての旅行は寄り道。寄り道をしに行くんですよ」-林 望(作家)

休日に趣味を楽しむ人は多いと思いますが、そもそも趣味って何なんだろう……
そんなことを、つい考えさせられるのが今回のリンボウ先生のお話です趣味ってじつは奥深いのです
取材・文/籠島康弘 撮影/尾形和美
当面のことに全力を尽くし
ひとつずつ山を越えていく
パチン、パチン。いくつもあるスイッチの中から,ひとつ入れてみたり、あるいは切ったり。ときにふたつ入れてみたり。リンボウ先生の「休日の過ごし方」は、例えるならそんなスイッチの切り替えだと言います。もっとも、何をもって休日とするか、先生の場合はその線引きが難しいのですが……。
「いちおう、作家が本業ですけれど、例えば日に三度の食事を作ることは、本来は作家業の気晴らしだったのが、いつの間にか料理に関する本を出すようになりましたから、もはや単純な趣味とは言えないし。クルマに乗るのが好きだけれど、これも雑誌に試乗記を書いたりするようになりましたし、また声楽では演奏会を年に数回は行うし、絵画も、私は洋画家の青木義照氏の弟子でしたからねぇ」
一般的な趣味レベルを超えて、仕事になることが多い先生。その著作を眺めれば、どれだけ多方面に精通しているかがよくわかります。だからと言って、先生が“器用”だという話ではありません。
「料理は、料理好きだった母を台所で見習っていた少年のころから数えると、もう50年以上は勉強しています。声楽もきちんと指導者について20年以上。ボクはね、歌うより後で酒を飲むのが目的なんじゃないかな、みたいなサークル的なものは嫌いなんです」
たった数週間で何となく格好がつくのは、それだけのことでしかない。ひとつの芸なり技なりを手に入れるには10年はかかると先生は言います。一芸10年なら、多趣味な人ほど他人より努力しなければいけません。しかし先生は、それを苦痛だとは思いません。
「人生というものは、目の前で取り組んでいることを、きっちりとカタチにしていくことの繰り返し。農家の方と同じです。代掻きをやって田植えをし、草取りをして、稲を刈って脱穀する。それらを一生懸命やって良いお米を作るわけです。目の前のことに全力を尽くす。そうやってひとつまたひとつと山を越えていくのが、人生のありようではないのかな」
たとえ最初は作家業の気晴らしだったとしても、すべてに全力を尽くしてしまうから、いつの間にか仕事になっていくのです。
高校生のころを思い出せば
やりたいことが見えてくる
こう言うと、今度は“やりたいことが、それだけある人はいいけど……”なんて声も出てきそうですが、この点についても先生は明確な回答を返してくれます。
「定年退職された方によく言うのは、新しいことをやるのではなく、高校生のころを思い出しましょうということです。あのころはサッカーや野球に夢中だったり、あるいは文学少年だったり、ギターを弾いたりというように、何かに興味を持たれていたと思うんですよ。それを思い出しましょうと。当時は受験勉強に忙しかったり、お金をかけて習うなんてできなかったかもしれない。しかし今なら時間もあるし、ある程度金銭的な余裕もあるんじゃないでしょうか。無理して新しいことに挑戦する必要なんてないんですよ」
それでも無趣味で、野球もできないし歌も苦手で、というような人はどうすれば?
「例えば、一日中空を眺めてボーッとしているのは、それはひとつの才能ですよ。あー今日も雲が流れゆくなぁなんて思いながら一日を過ごせる人は、それはそれでいい。だとしたら、例えば海の見える高台に風通しの良い家を建てて、潮騒を聞きながらゴロ寝するのがいいんじゃないかとか、いかに気持ち良くゴロ寝するかを追い求めるといいですよ。そういうのも、ひとつの夢だと思うんです」
さらに、本気で田舎暮らしをしてみるのもひとつの選択だと言います。とくに学業や就職などで田舎から東京に出てきた人は、戻ってみると地元が新鮮に見えたりするはずだと。そしてひとつの句を教えてくれました。
「春なれや名もなき山の薄霞、という芭蕉の句があるんですが、春に、富士山でも何でもない名もなき田舎の里山に霞がかかっている、それが美しいとボクは思うんですよ。田んぼにれんげ草が薄紫色に咲いているとか、菜の花畑だとか、どこにでもあるような風景に、じつは美しさがあるわけ。私が写真で追いかけているのもそういった風景が多いですね」
一見何でもないように思えるモノやコトのなかにも、美しさや楽しさがあり、それを自然と見つけ、感じられる感受性を得ていくことが「趣味」の効用。そしてそれが心を癒してくれ、休息になるのではないでしょうか。
目的地が楽しいのではなく
そこまでの過程が楽しい
事務所の壁には、先生が描いた絵が飾られている。絵は子どものころから描いていたそうで、デッサンや油絵などは若いころからやっていた。興味のあることは何でも「真面目に稽古していました」
本格的に声楽を習いはじめたのは40歳を過ぎてから。「人に聴いてもらえるレベルにならないと、ただの隠居の義太夫(笑)」と20年以上真剣に取り組んでいる
それにしても先生は、その美しさを追い求めて、東京から秋田県の田んぼまで出かけたそうです。それも千枚田でもなんでもない、ただの田んぼを。しかもそれは、秋田への観光が目的などではありません。ただ田んぼを眺めに行っただけ。そもそも先生は、気晴らしのドライブで、いつの間にか青森まで行ってしまうような人です。
「私にとっての旅行は、寄り道なんです。どこかへ行く途中の寄り道ではなく、寄り道をしに行くんですよ」
秋田県が目的地なのではなく、寄り道をしてたどり着いた先が、秋田なだけ。つまり目的地ではなく、過程が楽しいのだということ。この“過程が大切”という考え方は、先の一芸10年に重なる部分があると思います。
「例えば声楽なら、ボイストレーニングを受けるなどきちんと習ってみると、新しい世界が開けてきます。やればやるだけできないことが見えてきて、それを乗り越えるとまた新しいものが見えてきて……。できないことができるようになると、楽しいじゃないですか。そのためには努力しないとね」
夢に向かって目下の課題に全力で向かうということは、過程を大切にしていることにほかなりません。ところで先生自身はこの先、どんな夢を追いかけるのでしょうか?
「先のことなんてわかりません。とにかくいまは目の前の『謹訳 源氏物語』を書き上げること。それまではほかのスイッチをすべて切って。これは全10巻の予定で、いまは第6巻の出版に向けて校正作業をしているところです。10巻を書き終えてみて、目の前にどんな展望が開けているのか、いまの私にはわかりませんよ」
わかりません、と言いながら先生は笑うのです。やはり目的地ではなく、過程を楽しんでいる、そんな笑顔に見えました。


林 望
作家
1949年生まれ。ケンブリッジ大学客員教授、東京芸術大学助教授を経て、作家活動に専念。日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞、国際交流奨励賞など受賞多数。現在『謹訳 源氏物語』(祥伝社)全10巻に取り組んでいる。間もなく第6巻が販売される予定。