ワールドジョイントクラブ » 紳士・淑女の休息 » 仕事の中に安らぎになる“ユルい”部分を作ること-ブラザートム(アーティスト)

シンガー、俳優など多方面で活躍する
ブラザートムさんには画家としての顔も――
絵に本気で向き合うようになった理由とは?
取材・文/高橋 満 撮影/尾形和美
感じたままに絵を描くことで
自由になれた気がします
忙しい日々を過ごしていると、近づいてくる休日が待ち遠しくなるもの。ところがブラザートムさんにとっては少し様子が違うらしい。
「僕は休日になるとなぜか風邪を引いて寝込んでしまうんですよ。もう何十年もね。身体の調子が悪くなってきたらそろそろ休みが近いなって思うくらいですから。だからなるべく休日は作らないようにするのが昔からのやり方です」
しかし走り続けるだけだと、知らず知らずのうちに無理を強いることになる。そこでトムさんが身につけた術は、仕事の中に安らぎにもなるような “ユルい”部分を設けること。やるべきことをやりながらもリラックスすることで、次の仕事に向けての充電ができる。いまは毎日自分に課している “絵を描く時間”がそれにあたる。
「絵を描くことに本気で向き合ったのはここ数年。以前も描くことはあったけれど、小手先でさっと仕上げるだけでした。本気じゃないというのは楽なんですよ。恥をかかないですみますからね。詞でも『星がキレイだ 君を愛してる』と書くほうが楽。でもリアリティを表現しようとした瞬間、恥ずかしさと同時に責任が生まれるので……」
トムさんが絵にのめり込むきっかけを作ってくれたのはゴリラ。いつものようにササッと描こうとしたのだが、ふと思い立ち動物園に足を運んでみた。檻の前でゴリラを観察していると、やがてゴリラのほうもトムさんのことをじっと観察していることに気づいたという。
「手を投げ出しながらこっちを見ている目がね、僕と同じなんですよ。ふと気づいたら僕も同じように手を投げ出していて。完全なシンクロ状態です。ちょっかいを出す子どもをゴリラは嫌そうに見つめているのですが、僕も同じように嫌になり子どもを注意している。するとゴリラは『意見が合ったな』というような顔をするんですよね。そんなことをしていたら、ふとゴリラが緑色に見えて。自分の直感を信じて見えたままに描いてみたら、とたんに面白くなりました。カバも赤で描いてみたら、アフリカで見た姿そのままに感じられる。自分の目に映ったものをありのままに描くようになってから、とても自由になれました」
本気で絵に向き合ってからわかったことはほかにもある。それは人が嘘をついているかどうか――。トムさんは動物だけでなく人を描くことも多いが、写真を眺めていてもまったく筆が進まないことがあるそうだ。それは決まって写真の中に真実を発見できないときだという。
「絵を描かれるというのは非日常ですから、例えば女性の場合、完ぺきにメイクをして一番キレイにした顔を見せてくれることが多いんです。ところがこれだと描けない。それよりもぼやっとしていたり一瞬油断したときの顔のほうがその人の本性が全部出ていて、なにもかも忘れて描くことに没頭できます。犬も飼い主に媚びている顔はダメ。ヨダレを垂らしていたり気を抜いてオシッコをしているときのほうが、その犬にしかない顔をしているんですよ」
これまでは近くにあるペンで走り書きをしていたが、いまは画材にもこだわりが生まれた。最も気に入っているのはサクラクレパス製の地方色クレパス・シリーズ『色彩紀行』。
「博多、神戸、東京などそれぞれの地方をイメージした6色がセットになっていて、青は青でも微妙に違う色なんです。茶色は名古屋の “味噌煮込みうどん”の色しかなかったりする。24色や36色のクレヨンでは感じなかったのに、たった6色しか入っていないこのシリーズに出会ってから、中間色の面白さにハマってしまったんですよ。色がない場合は自分でかけ合わせて作ったり、思い切って逆の色を使ってみるなど、新たな楽しみも発見できました。残念ながらもう製造中止になってしまったので、あちこちの画材店に問い合わせをしながらコツコツ探しているところです」
震災後にスタートした
被災犬との壮絶な暮らし
最近、絵のモデルになる機会が多いのは、一緒に暮らしている犬のラース。ラースとトムさんのあいだには、温かくも悲しい物語があることを教えてもらった。3月11日、東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災。ラースは福島第一原子力発電所の事故で計画的避難区域に指定された福島県葛尾村から救出されたという。
「震災の後、ずっと自分にできることはなにかと考えていました。そんなときに被災した犬を助けている団体があるという話を近所の公園で偶然聞き、さっそく次の日に足を運んでみました。そこには怯えた犬や怪我をした犬が何百頭といる。たまたま僕の前に若いカップルがいて、どの犬がいいかと品定めをしていました。すると主宰されている方が彼らに『ここはペットショップじゃないんだ、帰れ!』と言う。カップルを追い返した後にこちらを見て『トムさんならわかってくれるよね』と言うんです。もう『もちろんわかるさ。僕は犬好きだからどれでも預かるよ』としか言えない雰囲気です。いまになって思うと、その瞬間はいろいろなことを試された気がしますね」
トムさんが預かったのは、傷だらけでその場にいた中でも最も弱っていたラース。お世辞にもきれいとは言えず、しかも怯えているため帰りの車内では唸って威嚇してくる。50年以上の人生でこのときほど後悔したことはなかったという。一緒に暮らしはじめてからも心を開く様子はまったくない。なにも食べず、家の中でもただ遠吠えを繰り返す。公園まで散歩に連れて行っても被災犬と聞くだけで周囲の人が避けていく。頭をよぎるのは「とんでもないものを預かってしまった……」という思いばかりだったそうだ。
「一緒にいるだけで被災することの凄まじさがひしひしと伝わってきました。ラースが怯えているのもわかったので、しばらく寝食をともにしようと、ゲージの横で毛布にくるまって寝ていました。すると徐々にラースの顔が柔らかくなってきて、それから僕も楽になりましたね。本当に大変だったな、よく頑張ったな。そう思うと汚かった傷もいとおしく見えるようになりましたよ」
鎮魂の想いを込めて
ラースが見た風景を描く

トムさんとすっかり打ち解け、さまざまな表情を見せるようになったラース。「こうやって自分の絵を立てかけられても気にしないのだから。呑気ですよね(笑)」。生まれ育った葛尾村にも連れて行き、元の飼い主とも会うことができたそうだ
何枚かラースの絵を描いているうちに、ラースが見ている空の色を残したくなったという。桜の季節には、キャンバスの中でラースが満開の桜を見つめている姿を描いた。それが今年の桜を見られなかった人たちへの鎮魂になるはずだから。
「葛尾村に連絡をとってみたら、偶然ラースの飼い主だった人が見つかり、実際に会って話もできました。イベントで福島市に呼んでいただいたときは福島の人たちの強さを感じましたね。被災して大変な毎日を過ごしているのに、多くの人が笑っているのですから。正直、ラースがいなかったら原発の20㎞圏に足を運ぶことはなかっただろうし、震災も自分の中では終わったことにしていたかもしれません。でもラースのおかげでこれからもできることをやっていこうと思えていますよ。どれだけの時間がかかるかわかりませんが、ラースが元の場所に戻れるまで責任を持ちます」
今後もラースや出会った人の “自分だけが気づいた部分”を描いていきたいというトムさんに、趣味を長続きさせるコツを教えてもらった。
「なんでもいいから自分の作品を発表できる場を持つこと。絵を描いているなら誰かにプレゼントしたり、音楽をやっているなら好きな人のために曲を作ってもいい。これだけでモチベーションが高まって新しい世界が開けるはずですよ」


ブラザートム
アーティスト
1956年2月23日生まれ。ハワイ州マウイ島出身。1983年にバブルガム・ブラザーズ(現在はDA BUBBLEGUM BROTHERS)を結成。『SOUL大臣』『WON’T BE LONG』『Beautiful People』など数々のヒット曲を生み出す。96年には自身のバンド『REAL BLOOD』を結成。並行して数々のドラマや舞台に出演、また作家として絵本を出版するなど多岐にわたる活動を展開。『月からおちたモモンガ』『ゆびゆびちゅっちゅ』は電子書籍としても発売中。
【Official Website】
トムさんの会社