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白一色のシベリア鉄道の旅で得た、日本人としてのプライド-石橋凌(ミュージシャン・俳優) 2011.12.20


石橋凌

“表現者”として音楽と芝居を通じ
一切妥協をしない活動を行う石橋さんに
人生において重大な決断をしたときの
思い出の旅の話を教えてもらった

取材・文/高橋 満 撮影/尾形和美

旅を記憶に残すには
列車での移動が一番

 筑後川までそう遠くない場所で育った石橋さん。子どものころは暇さえあれば川釣りを楽しんでいた。東京に出てきてからも時間を見つけては海釣りなどに出かけていたが、「最近は忙しくてじっくり釣りを楽しむ時間が持てない。それがストレスですよ」と笑う。

 そんな石橋さんにとってのストレス解消法は列車での移動。旅をするほどまとまった時間を取るのは難しくても、少しだけ時間に余裕があるときは東京〜福岡を新幹線で移動し、その間にさまざまなことを考えているそうだ。

「ARBのころもね、デビュー直後は1BOXカーに機材を詰め込んで全国をどさ回りしていたけれど、少し余裕が出てきたら、ツアー帰りに僕だけローカル線に乗って温泉に立ち寄ったりしていました。ぱっと移動してしまうよりものんびり時間をかけて動いた旅のほうが、不思議と記憶に残っているものですよ」

 なかでも記憶に残っているのは、20年前の1月に憧れのシベリア鉄道に乗り5泊、その後1ヵ月かけてヨーロッパを周った旅だという。当時34歳だった石橋さんは“表現者”としても、自身の人生にとっても重大な決断をしている。それまでミュージシャンと俳優の活動を並行して行っていたが、89年に亡くなった松田優作さんの意志を受け継ぎ、音楽活動を封印して俳優だけで生きていくことにしたのだ。

「ミュージシャンの表現は一人称。自分のすべてをさらけ出して嘘をつかずに歌い上げます。でも俳優は台本を貰った瞬間から三人称になる。誰かに化けることで騙すわけです。観客も騙されることを楽しみにしている。俳優一本に絞る決断をするには覚悟も必要でした。そのためには頭の中を一度リセットしなくてはと思い、旅に出たんです」


6日間も景色が変わらない
まるで監獄にいるような旅

石橋凌
勝てば官軍―
そんな世の中、豊かと言えるか!

 1ヵ月分の旅費を旅行代理店に支払ったあと、担当者は「本当に行くのですか?」と心配そうに言う。当時のソビエト連邦はペレストロイカの最中。さらに中東ではいつ湾岸戦争が勃発してもおかしくない状況だった。それでも「タイミングはこの時期しかなかったし、僕にとっては必要な旅だったから」と、石橋さんは新潟からハバロフスクに飛んだ。そしてシベリア鉄道のコンパートメントに乗り込むが、極寒の1月ということもあり、石橋さん以外に観光客の姿はほとんどない。列車の外はマイナス30度の世界。何の変化もない、一面真っ白の車窓が6日も続く―。頭を真っ白にするためにこの旅を選んだ石橋さんだが、文字どおり白一色の世界を見ているとすぐに意識は白くなり、最後には監獄に入れられているような気分になったそうだ。

「列車は主要都市に停まりますが、極寒でものがない時期に弁当やフルーツの販売員などいるわけがありません。それでも乗客は停車中にホームに出てタバコを吸う。それくらいしか楽しみがないんですよ。僕も洋服を着こんで韓国人の行商のおばさんとタバコとピーナッツを交換して話し込んでいたら、ソ連の青年がタバコをくれと言ってくる。なんと彼はTシャツ1枚という姿でした。タバコを渡すとお礼すら言わずに去っていく。失礼な奴だと思いましたね。でもあとで『共産主義国ではものを持っている人が与えるのは当たり前で、感謝の概念はない』と言われました」

 石橋さんは車内にキャンピングフード、カップ麺、酒などを持ち込んでいたが、酒を飲む以外にやることがないので、3日もすると酒も食料も底を突きはじめる。するとタイミングを見計らったように車掌がやってきて、小声で「ウォッカはいるか?」と聞いてきた。10ドル渡すと、今度は「キャビアはいるか?」と言う。喜んで金を渡しパックを開けると、中身はイクラだった(現地では魚卵を総称してキャビアということもある)。

「車内で数少ない観光客とも知り合いました。卒業旅行でアイスランドに行く日本人の学生と、六本木のフレンチレストランで働いていたというフランス人です。3人で酒を飲んでいると、学生が『向こうで映画をやっていた』と言う。行ってみると本当におばちゃんがチケットを売っていましてね。シートをすべて取り払った車両には幅1mほどのテレビがあって『ランボー』を上映していました。台詞の吹き替えはたったひとりのロシア人男性が担当。スタローンから女性まですべて同じ声です。それでも暗闇の中で子どもからお爺さんまで地べたに座って食い入るように見ていました」

 決して恵まれた環境ではないが、それでも映画を心から楽しんでいる乗客の姿。自分の今後の芝居のあり方について問う旅に出た石橋さんは、こういう楽しみ方もあるのかと心を打たれるものがあったそうだ。

「ところが『ランボー』が終わったあとに流れたのは無修正のポルノ。その吹き替えもひとりの男性がすべてやっていて、これまた子どもからお爺さんまで食い入るように見ている。おかしくて、笑いをこらえるのに必死でした」


日本人としてのプライドは
海外に出ることで芽生える

 6日間の旅を終えモスクワでテレビを見ると、湾岸戦争が勃発したというニュースが。それでも石橋さんはパリ、ロッテルダム、スペインなどを列車で旅した。帰国後は俳優としての確固たる地位を築き、ハリウッド進出も果たす。また98年には音楽の封印を解き、ARBを復活。06年にバンドを解散し、55歳となった11年、ソロアルバムをリリース。制作中はバンドメンバーと合宿をし、レコーディング後に全員で酒を飲みながらさまざまなアイディアを出し合った。その時間は、鉄道の旅で向かいの席に座った人と語り合うような心地よさもあったという。

ソロアルバム『表現者』
石橋凌のソロアルバム『表現者』はエイベックスより発売中。
・初回生産限定盤
 (アルバム+ボーナスシングル+DVD)
 5,800円(税込)
・通常盤(アルバム+ボーナスシングル)
 3,500円(税込)
自叙伝『表現者 ~我 語る 魂こがして~』(CD特典付き)もカンゼンより同時出版。

「収録曲の半数はARB時代のものをセルフカバーしています。あのころの曲をこの時代に問うてみたいという思いが強かったのでね。1曲目の『喝!』はARBのデビューアルバム収録曲。僕らは政治的なこと、社会的なことは歌うなと事務所から言われていたんですよ。でも当時社会問題化していた自殺をテーマにした『喝!』を歌い、見事に1年半でクビになりました。あれから30年経ち、自殺者は当時よりも増えている。そんな世の中を幸せとか豊かと感じるかを問うてみたいんです」

 石橋さんは自身の音楽を“ラウド・マイノリティ(物言う少数派)”と表現する。ローリング・ストーンズ、ビートルズ、ボブ・ディランなどがそうであったように、ラブソングも反戦の曲も茶の間に向けて歌いたい。それこそがロックの姿だと思っている。これは松田優作さんと出会ったときにも伝えた言葉。

「僕は音楽や芝居をとおして、世の中の不条理を見てきました。質より量、中身より形……。気づけば政治も経済も教育も、すべてが“勝てば官軍”になってしまった。僕は心がないこの言葉が大嫌いなんです。アルバム制作にあたり、利益ばかりが追求されて人々の関係が崩れたことを歌った『バラバラのブルース』という曲を作りました。でも無思想・無気力と揶揄される多くの若者が震災で東北地方に駆けつけている姿を見て、日本もまだ捨てたもんじゃないと感じ、この曲は封印することにしました。一方で震災後、政治や経済の嘘が見事に露呈した。若い人たちにはどんどん海外に出ていってほしいですね。ひとりで旅に出るだけでもいい。“旅は道連れ、世は情け”という言葉がありますが、多くの人と出会い語り合うことで、国内にいるときとは違うものの見方ができるようになるだろうし、日本人としてのプライドも持てるはずですよ」


石橋流休息のこだわり

石橋凌

石橋 凌

ミュージシャン・俳優

1956年7月20日生まれ。福岡県久留米市出身。伝説的なバンドARBのボーカリストとして1978年にデビュー。その後、俳優としての活動も行う。1990年にARBの活動を休止し俳優活動に専念。ハリウッドデビューも果たした。1998年にはARBを復活させたが、2006年に解散。2011年末に音源、映像、書籍の三位一体となるソロデビューアルバムを発表。2012年には映画『逆転裁判』『外事警察』が公開予定。2011年12月24日(土)16:00から、キャナルシティ博多B1Fサンプラザステージにてアルバム発売イベントを開催する。